第一夜、若頭と筆頭


一陣の風が頬を撫でたかと思えば、ブツリと右目を覆う刀の鍔で出来た眼帯の紐が切れた。

「ah…?」

パタッと地面に落ちた眼帯と、チクリと痛みを発した頬。

指で触れれば微かに血が出ていた。

「政宗様!血がっ!…おのれっ、鎌鼬!政宗様の御身に傷をつけるとは!」

政宗は自分の隣で、自分より怒っている妻、青藍の肩に手を置くと苦笑した。

「Stop、青藍。こんなもん怪我のうちにもはいらねぇよ。それよりソコに何かいるのか?」

青藍は良く、何もない所を睨み付けたりすることがある。だからと言って青藍がおかしくなったというわけじゃない。

「政宗様。その右目であの草むらを見て頂けますか?」

地面に落ちてしまった眼帯を、青藍は膝を折り、拾いながら政宗にそう促した。

独眼竜、伊達 政宗。政宗の右目は失われたといわれるが実は少し違う。

右目はあるのだ。それが自身の右目では無く、竜の目に代わってしまっただけで。

シルシを付けられた、蒼い右目で政宗は青藍の指す草むらに目をやった。

「ah-、あのちっこい野郎が鎌鼬か?」

「そうです。見えましたか?」

「あぁ」

草むらにちょんと立っていた鎌鼬は、政宗が視線を向けると怯えたようにするりと逃げて行ってしまう。

それも仕方がない事であった。竜から与えられた政宗の右目は、その竜の娘である青藍を護るために妖を退ける力を持つ。

だから、弱い妖は政宗に視線を向けられただけで逃げて行くのだ。

「政宗様。今、治療を…」

「いや、そこまでしなくても大丈夫だ」

青藍から眼帯を受け取り、綺麗に切れた紐をみて、懐にしまう。

「コイツはもう使えねぇな」

「そうですね。そろそろ城に戻りましょうか?」

刀をひと振りずつ腰に帯びた軽装姿で、二人は息抜きとしょうして城の裏手に来ていた。

「そうだな。戻るか」

「はい」

ソッと寄り添うように歩き出した二人の目の前に、またしても別の妖が現れる。

《おいてけ〜、おいてけ〜》

「今日は良く行き合うな。青藍、コイツは何だ?」

政宗の視線に相手は一瞬怯んだが、引くつもりはないらしい。

青藍は目の前の相手を見て、困ったように眉を寄せた。

「置行堀(おいてけぼり)という妖怪です。行き合ってしまったら何か置いて行かねば…」

「てめぇ、ソイツはどうした?」

唐突に政宗が青藍の話を途中で遮り、置行堀を鋭い眼光で睨み付けた。右手が刀の柄にかかる。

「ひっ…」

何事かと、息を呑んだ置行堀を青藍が見やれば置行堀の手には黒い羽織が握られていた。

「てめぇ、まさか俺の民に手ぇ出したんじゃねぇだろな」

「ひぃぃ、に、人間になど手は出してません。こ、これが欲しいなら差し上げます〜」

バサリと放られた黒い羽織を受け取り、政宗は刀から手を離す。

「どう見る、青藍?」

「嘘は、吐いていないかと」

最初の勢いは何処へ行ったのか、怯え、しょんぼりとした置行堀に青藍はそう判断した。

大人しくなった置行堀に、政宗は青藍の言っていたルールを思い出す。

「おい、お前。どうやら俺の勘違いだったみてぇだな。怖がらせて悪かったな」

そして、懐から不要となった紐の切れた眼帯を置行堀に向かって投げた。

「これで良いんだろ青藍?」

「はい。政宗様」

人間も妖も平等に扱ってくれる政宗に、竜である青藍は嬉しそうに頷く。

二人は置行堀を背に今度こそ城に帰って行った。

「にしてもこの羽織、一体誰のだ?」

「さぁ?でも私、この文字どこかで見たことあるような気がします」

政宗の自室で、畳に広げられた黒い羽織。裏返してみれば、白地で<畏>の一文字。

新たな眼帯を右目につけた政宗は隣に座る青藍の髪に口付け、念の為保管しておくかと呟いた。

「えぇ。羽織の主が探しているかもしれませんしね」

青藍は落とされる口付けに薄く頬染め、政宗を見上げる。

「政宗様…」

すると青藍の想いを違わず受け取った政宗は愛しそうに瞳を和らげ、青藍の顎に指をかける。

「青藍…」

その声に促されるようにそっと恥ずかしげに瞼を伏せれば、次の瞬間、ゆっくりと唇が重なった。

お慕い申し上げております、政宗様。

俺もだ、青藍。



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